2013年11月29日金曜日

精神の荒れ地に凛と立つ “ 黒木 渚 ”


漆黒のビジュアルながらバンド名の意匠には相当なこだわりが…
黒木 渚 『 黒キ渚 』

1. あたしの心臓あげる
2. クマリ
3. 骨
4. 赤紙
5. エスパー
6. カルデラ
7. 砂金











今年、2013年の春先に、タワーレコードの店頭で 『 黒キ渚 』 と命名された真っ黒なジャケット デザインのCDを購入した時、それはかつて存在した映画監督の名を冠したバンドのことを想起させた。メンバーの名前から一文字ずつ拝借したと勝手に思っていたそのバンド名が実は、黒木 渚 ( くろき なぎさ ) という実在する女性の本名だと知った時は、だから逆に妙な違和感があった。実はいわし亭の知人にも、青木 渚というたいへんな美人がいるのだが ( 苦笑 )

-------------------------------- EMTG MUSIC 2013年3月26日

本名です。ずっとこの名前で生活してきました。2010 年12 月の結成なんですけど、メンバー 3人が集った時、これから本格的にプロを目指していく上で、しっかりバンドの名前を考えよう、と。候補もいくつか出してたんですけど、私以外のメンバー 2人が “ ピンとくるものが、渚の名前しかないわ ” って。それで “ 黒木 渚 ” ってバンド名になったんです。決まった時は、すごく不思議なことだと思いましたね。元々、自分の名前自体も、ちょっと現実離れした名前だと思っていたところもあったし…


ショー ビジネスの世界にあって、女子のビジュアルは成功の 9割を占める。
渚 嬢の細く長い手足とそれに反比例するようなグラマラスなルックスは、あのリカちゃん人形を想起させ、渚 嬢自身が語る自分自身の名前の印象同様、現実離れしている。


地元福岡 PARCO のイメージキャラクターとして登場した渚 嬢。撮影はあの鋤田正義氏

黒木 渚を見初めたのは、彼らの公式サイトにアップされている 『 骨 』 という楽曲である。CDを聴く前に偶然、目にした PV 『 骨 』 によって、いわし亭と黒木 渚との邂逅は必然となった。この 『 骨 』 という楽曲、11月現在、いわし亭が聴いた2013年に発表された新曲の中ではブッちぎりのベスト1であり、ほんの数回聴いただけで、ほとんどの歌詞を覚えてしまうほどのインパクトがあった。

良い曲というのは、歌詞とメロディが理想的に調和しており、余計な部分が全くなく、ブレイクのタイミングなどにも極めて高い必然性を感じさせるもので、正に天の采配的バランスが保たれているのだ。
それは単に個人が作り上げたものではなく、音楽のミューズからの授かりものであり、Callingそのものという気がする。




♪ それはまるで 骨の様に
  私を通る 強い直線
  それはまるで 骨の様に
  私を燃やして 残るもの  ♪

これを黒木 渚という女性が書いたのかと思うと、本当に驚かされる。
多くの女子ヴォーカリストにとって未だ高い壁として存在する椎名林檎はしかし、頭の悪い御用ライターがお気楽・お手軽に用いる記号として、語られ過ぎた観があり、耳目にする度、実にうんざりさせられる。しかし一方で、ゼロ年代突入前後に次々と出現した 椎名林檎/矢井田瞳/鬼束ちひろ の奇跡。確かに彼女たちだけで女子ヴォーカリストの全てを包括する程のキャパシティがあったことは認めざるを得ない。

渚 嬢は、宮崎県出身という共通点も相俟って、一聴、その情念を感じさせる歌詞の世界とヴォーカル スタイルにおいて、鬼束ちひろを彷彿させる。そういえば、ステージで裸足になるところなんかも共通していて興味深い。
そしてその感覚は、前出の EMTG MUSIC のインタビュー記事を読んで、確信めいたものとなった。こうした歌詞の世界観は、大きな絶望に直面した経験がないと、生み出されないものだろうと思うのだ。

-------------------------------- EMTG MUSIC 2013年3月26日

中高生時代は、進学校の寮で生活。とても厳格な校風で、音楽や漫画、テレビ、ネット、携帯… と “ 娯楽はほとんどシャットダウン。特殊でした。兵隊のような生活 ” の思春期6年間を過ごした。そしてこの時期を “ 人生の絶望を味わった時期です ” とも。 “ 発散するものもないし、絶望とじっくり向き合うしかなかった ” と言う。
そんな中 “ 唯一の規制されない娯楽 ” が本、すなわち読書だったそうだ。そして絶望した彼女を結果として助けてくれたのが “ 自分なりの娯楽としてつけていた日記 ”。今でも欠かさない。
“ 当時、感じたこと、悲しみとか感情をすべて日記に書いて、そういう感情をどう処理すればいいのか、分析していたというか。思春期の女の子だったから、世界中の不幸をしょってるように思って、< なぜ私が > とか < 死んだほうがいい > とか、書いている時期もありました。でも6年続けて積み重ねた結果、< 生きていくほうがいいな > と思ったんですね。そういう < たくましさ > は、バンド黒木 渚の楽曲に反映されているのかなと思います ”


11月9日 土曜日 夕方

梅田 NU 茶屋町のタワーレコードで、黒木 渚のインストア ライヴがあった。チケットの実売数もかなりなもので( 10月8日にいわし亭が出力した時点で 200番越えだった )、そろそろネクスト ステップに向かう印象があったのだが、実際には逆で、サイン会に加え、握手会といった草の根的なファン サービスを未だに実施してくれるという。
多くの場合、いったんメジャー デビューしたが最後、例えば、メジャーから出したアルバム以外にはサインしないとか、今回はサイン会だから握手はしないとか、ファン不在の勝手なルールばかりが設定され、結局、そんな集いに参加したところで悪い印象しか残らない。
このクラスに成長した黒木 渚が、未だにかなり自由度の高いサイン会や握手会を積極的に開催してくれる( 翌日のワンマンの後もお疲れでしょうに、サイン会を実施していた )のは凄くうれしいし、だからこそつまらないメジャー デビューだけは絶対にして欲しくない。

さて、コンパクトにまとまった良質なインストア ライヴが終わり、ワンマン ライヴ 『 やわらかなハサミ 』 への期待を煽って、プログラムはサイン会、握手会へと移行する。ライヴはヘルプも含め 5名で行われたが、サイン会ではオリジナル メンバーである 黒木 渚 ( くろき なぎさ 4月19日 宮崎県生まれ:ギター・ヴォーカル ) サトシ ( さとし 4月11日 北九州市生まれ:ベース ) 本川賢治 ( もとかわ けんじ 9月21日 長崎県生まれ:ドラム ) の三人が仲良く座ってスタートした。渚 嬢だけでなくオリジナル メンバー全員にスポットが当たるのはとても良いなぁ と思うし、むしろワンマンなどの場では、もちろん渚 嬢のギターも含め、三人だけで演奏するパートを設けて欲しいくらいだ。


1カ月前の時点ですでに200番越え


前出の 『 骨 』 の PV にはもう一つ驚くべきことがあった。それは、ドラムの本川賢治のフォームである。ここからは少し技術的な話になって申し訳ないが、ぜひお付き合い願いたい。
スタンダードなドラムの構え方は、右ききのドラマーの場合、右手でハイハット ( ② ) を叩き、左手でスネア ドラム ( ① ) を叩くため、腕を交差させて構えることになる。子猫チャカチャカーズの “ ミミイ ” のフォームを参照して欲しい。これはロックの黎明期である ’50年代から連綿と受け継がれてきたデフォルトなので、たいてい後発のミュージシャンもそうするのが一般的だ。
多くのドラマーにとってハイハットはリズムを刻む際の要になるので、右ききの場合、ハイハットをきき腕で叩くことは、リズム キープの観点から見ても自然に思われる。また、ドラム セットはかなりパーツが多いため、スペースを効率的に使った場合、どうしてもハイハットとスネアの位置関係は腕を交差させて構えた場所に落ち着きがちだ。


標準的なドラムセット
何と レギュラー グリップ! 渋い




反対に右ききにもかかわらず、左手でハイハットを叩き、右手でスネアを叩く。つまり、腕を交差させないスタイルを取っているドラマーとなると、実際には数えるほどしか思いつかない。ジェフ・ベックがツアーの際、常に帯同するジェフ御用達のスゴ腕ドラマー サイモン・フィリップス。ジャズ的スキルに秀で、ロバート・フィリップに知性で拮抗できた唯一のドラマーであり、ドラムを肉体労働から解放したビル・ブルーフォード。この二人くらいか。しかも、彼らにしても、きき手である右手のパワーが欲しい時に限りこのフォームを採用しているようで、最初から最後まで、この変則フォームで演奏しているわけではない。

ところが、『 骨 』 の PV での本川賢司は、腕を交差させずに叩いている。従って、彼のフォームはかなり異色ということになるのだが、PV を見る限り何の違和感もなく、このスタイルで演奏仕切っている。これは驚くべきことで、少しでも彼と会話ができるのであれば、このことについては、どうしても質問しておきたかった。仮説として考えられるのは、彼が左ききであるということだ。
しかし、彼がサインをしているのを見ると、右きき!? なのである。そこで、思い切って質問してみた。“ 右ききなんですね? ” “ そうですよ ” “ だのに、こうなのですか? ” といわし亭が演奏スタイルを身振りすると、彼はその意図を理解したようで、“ 右にあるものは、右手で叩くのが自然かな ” という実にらしい、思わず “ すばらしい! ” と大きな声が出てしまった回答が返ってきたのである。
また、握手してもらったその手のひらのゴッついこと。単に手のひらが大きいだけでなく、指が物凄く太くて、正にドラマーの掌! と言う感じなのだ。この掌なら、左手がハイハットに負けることもないだろうと思われた。

絶対数が少ないため便宜上、“ 変則フォーム ” と表現したが、いわし亭自身はこれが変則だとは思わない。実は、いわし亭もこの従来的なフォームには懐疑的で、腕を交差させることに納得がいかず、ドラムを始めた当初、腕を交差させずに叩くフォームを研究していたことがある。


つい最近、古い蔵書を整理していた際に、『 エスクァイア 』 というサブカルチャー誌が見つかった。1993 年 4月号で “ ジミ・ヘンドリックスの真実。” なる特集が掲載されており、彼の父親のジェイムズ=アレン・ヘンドリックスのインタビューが掲載されていた。それによると、ジミ・ヘンドリックスは、何と! 右ききだというのである。

-------------------------------- エスクァイア 1993年4月号

それは右ききのギターなのに、ジミが左手で弾いているので、ジミに、それじゃ反対だよって教えてあげると、もともとジミは右ききですからね、ジミは “ ダディ、こっちのほうが弾きやすいんだよ。フィーリングがいいんだよ ” って。ジミのギターは独学ですよ。誰からもレッスンを受けていない。いつも家でわたしが持っていた古いステレオでB.B.キングとかマディ・ウォーターズとかのレコードにあわせて自己流に弾いてました。

つまり、演奏のフィーリングを大事にしたら、結果そうなった というのが理由だったのだが、ジミ・ヘンドリックスの特殊奏法の多くが、右きき用のギターを逆にして弦を張るというスタイルに起因しているのは明らかである。
また、ある友人に聴いた情報では、リンゴ・スターは左きき!? だったという。つまり、ビートルズのリズム セクションは二人とも左ききだったのである!

いわし亭は、ハイハットでリズム キープを行うドラマーに面白みを感じない。そういうドラマーを見ていると、時間に追いかけられてアクセクしている印象を受ける。いわし亭が思う良いドラマーとは、もともと身体的にタイム感覚が刻み込まれていて、演奏はそのタイム感覚に支配されており、わざわざハイハットやスネアでリズムを刻まなくても、演奏そのものがリズムと化しているドラマーだ。こういうドラマーの演奏は、単なるエイトビートの中でも自由にフィルインを駆使し、ビートを伸び縮みさせながらも、最後はきちんと拍子がそろっている。
♪ ドン タ ドンドン タ といったパターンの反復でリズムを表現しているのではなく、演奏全体がもう一段上の視点から見るとリズム キープの役割をしっかり果たしている。そうしたドラマーは、巨大なリズムのうねりの上に点描のようにスネアの音を置いていく。まるで絵筆を使っているかのように、演奏がきわめて絵画的なのだ。

例えば、いわし亭のフェイヴァリットなドラマー カンタベリー系を代表するプログレッシヴロック バンド Henry Cow 出身のクリス・カトラーは、セカンドアルバム 『 Unrest 』 の一曲目 「 Bittern Storm Over Ulm 」 で、エイトビートを基調に置きながらも、変幻自在のフィルインが飛び交うドラミングを披露している。あるいは、ベルギーで開始されたアヴァンギャルド ロック プロジェクト AKSAK MABOUL の 1980 年発表のアルバム 『 無頼の徒 』 の客演では、集団即興から抜け出した直後、リード ドラムと表現する他ない殺気さえ感じさせる攻撃的なスネアの連打で圧倒する。

ボアダムスの YOSHIMI 、ザ ピーズ~頭脳警察~人間椅子の後藤マスヒロ、The GROOVERS の藤井ヤスチカといったドラマーはテクニカルな要素よりも、独自のグルーヴ感や演奏している時の惚れ惚れする佇まいでいわし亭を魅了したが、本川賢治もそうしたドラマーの系譜につながる非常にユニークなプレイヤーなのだ。
残念ながら、いわし亭はベースに関する知識に乏しく、サトシの奏法に関しては詳述できないのだが、こうしたドラマーとリズム セクションを構成しているサトシもまた、並みのベーシストであるはずがない。
ヴォーカルの渚 嬢の存在感はもちろん圧倒的ではあるのだが、そこだけを強調されるのはファンとしては非常に不本意だ。黒木 渚は単なる紅一点バンドではなく、バックのリズム セクションが聞き逃せないアンサンブルを奏でている非常に優れたミュージシャンの集合体でもあるのだ。


盛況だった11月9日のタワーレコードNU茶屋町でのインストア ライヴ


サイン会の際、渚 嬢その人が “ 一緒に唄ってくれてありがとうございます ” と声をかけてくれた。現在、「 骨 」 と 「 はさみ 」 はいわし亭の頭の中でヘヴィ ローテーション中の楽曲であり、日常でも自然と口ずさんでいることが多くて、このインストア ライヴでも、特に意識せずに一緒に歌っていたのだった。ステージからそれが見えていたんだなぁ と思うとファンとしてはなかなかに嬉しい。


2013年の春先から、何度もライヴに参加するチャンスがありながら、実際にはなかなか縁がなく、やっと逢えたのはつい最近の10月14日 『 MINAMI WHEEL 』 だった。その時点で、すでにかなりの知名度であり、ファン グループも沢山出来ていて、いわし亭はずいぶん出遅れた感覚に陥った。
以下はその 『 MINAMI WHEEL 』 に関する覚書。

10月14日 午後6時15分 @ club★jungle
 
凄い人気である。ライヴハウスのキャパが追いつかずに、入場規制がかかってしまった。いわし亭の位置はとりあえずは一番前なのだが、モニターに凄く近くて、音がデカすぎ、頭がくらくらする ( 笑 ) のだが、それでもこの場所を他のファンに譲る気は毛頭ない。
ライヴではギターはもっぱらヘルプに任せて、渚 嬢、歌う唄う。ヴォーカルに専念できるのは、それはそれでいいのだが、個人的には三人だけの演奏が見たかったので少し残念。というのも、このバンド、渚 嬢は当然として、バックのリズム セクションが良いのだ。
特に、腕を交差させずにドラムを叩く本川氏の奏法はかなり面白い。良いドラマーは時間に追われず、時間の大きな流れにゆったりと身を任せ、その時間の流れの中に太鼓の音を散りばめる印象がある。リズムを刻むのではなく、リズムの中にスネアやタムタムの音を置いていくのである。この風情が物凄く良くて、本川氏のドラムは見ていても楽しい。
ダメなドラマーは自分でリズムを作ろうとして、必死でハイハットやらライド シンバルやらをジャカジャカ叩くのだが、それがリズムに追いかけられて、全く余裕のない感じを濃厚にし、せせこましくて、見ていて疲れる。
その意味で、渚 嬢だけがフィーチュアされてしまうのは大変、困る。このバンドの音はほとんどこのリズム セクションで成り立っていると言っても良いからだ。


さて、ではこの翌日11月10日 梅田シャングリラで開催されたワンマン ライヴはどのようであったのか?

以下 つづく
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